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LIFE 杉原千畝氏の残したもの

偉大な日本人

杉原千畝氏 語学が堪能な優秀な外交官だったようです。Wikipediaより

杉原千畝氏 語学が堪能な優秀な外交官だったようです。Wikipediaより

そのなかで、杉原千畝氏は、多くのユダヤ人をビザを発給することで欧州から逃がし、結果多くの命を救うということを行いました。

当時杉原氏は、リトアニアの領事官代理という立場でした。赴任したころから、ヨーロッパではドイツの躍進が著しく、各国を侵略、併合を行っていました。

当初は、ドイツはソビエト連邦(現ロシアとその周辺国)とは友好関係でした。独ソ不可侵条約が結ばれ、お互いがポーランドに侵攻したり、その他国々を侵略していくという動きが活発になっていました。

リトアニアも例外でなく、ソ連の侵攻を受けます。バルト海の小国ですので、あっという間に征服されてしまい、その影響で日本領事館も閉鎖せざるを得ない状況となっていました。

そんな中、ドイツ、ソ連から迫害されていたユダヤ人たちが、一途の望みを持って、日本領事館にやってきます。

ドイツは、強制収容所が有名ですから、ユダヤ人がどうなるかは想像できたのですが、ソ連も同様にシベリアへの強制連行などを行っていたということのようです。そういえば、日本も戦後、多くの旧日本兵がシベリアへ強制連行されたということがありました。

今では考えられないくらい、理不尽極まりないことですが、戦時中は行われていたのです。

ユダヤ人たちの考えは、日本を通過するビザさえあれば、あとは何とかなる、というものでした。一刻も早く、ヨーロッパから離れたいという想いでした。

しかしながら、杉原氏が日本通過ビザを出しても、日本を通過する前に問題のソ連を通過しなければいけません。また、日本を通過するにしても、最終目的地がはっきりしないと、ビザ自体が無効になることになります。

簡単にビザを発給すれば良い、という単純な話ではなかったのです。